Kちゃんの事例で気づいた 立体視障害
立体や3次元空間を 正しく認識できない人がいる
Kちゃんに出会ったことで、立体や遠近などの3次元空間を正しく
認知できない人がいることを、私は初めて知りました。
「算数の図形の問題が分からないの」 (Kちゃんの事例より)
中学1年生のKちゃんには、悩みがありました。
英語のテストは95点をとれるのに、
「算数の図形の問題が分からない」という悩みでした。
「どのような問題が分からないの?」と尋ねると、
Kちゃんは、算数の教科書を開いて問題を指さしました。
同じような理科の問題も{分からない}と言います。
Miz(私)は、Kちゃんに、図形の問題の解き方の基本を順を追って説明したのですが、ふと気づいたことがありました。
そこで、下のような図形の問題、B を作り、Kちゃんに見せました。
問題 B を見たKちゃんは、「これなら分かる」とうなづきながら計算をして、答えを出したのです。
Kちゃんは、問題Aを解くことが出来ない。
しかし、問題Bは解くことが出来る。
つまりKちゃんは、示される図形によって、問題が解けたり、解けなかったりするのです。
皆さんはその原因がどこにあるか、見当がつきましたか?
右上から見た立体図が 理解できないことが分かった(Kちゃんの事例)
Kちゃんは図形によって、なぜ問題が解けたり解けなかったりするのでしょう?
私は、ふと気づいたことがありました。
そこで下のような図形を描き、Kちゃんに見せました。
すると案の定、KちゃんはA図は理解でき、B図は理解できないことが分かりました。
Kちゃんは、Aの図形を見て、
「どんな物を描いた図か、分からない」
「物ではなくて、四角や三角を並べた図に見える」と言います。
そして、Bの図形を見て、
「どんな物を描いた図か、分かる」
「四角の箱や三角の箱が描かれている」と理解できるのでした。
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一般の人は、
遠近法で描かれた図を見て、物体を理解(イメージ)することが出来ます。
しかしKちゃんは、遠近法で描かれた図形の中に、物体として理解(イメージ)できない図形があるのです。
Kちゃんが描いた 箱の絵 はちょっと変わっていた (Kちゃんの事例)
では、Kちゃんの目には、物体がどのように映って見えるのでしょう。
私にはそんな疑問があって、Kちゃんに箱(直方体)の図を描いてもらうことにしました。Kちゃんは、
「わたし、すごく下手なの」と恥ずかしそうに描いたのが下の図です。
中学2年生にしてはちょっと幼稚っぽい絵だなぁ、と私は思いました。
A図は、特に首をかしげてしまいました。
〜〜〜3つの四角形を並べたような図・・・。
箱には、決して見えない・・。
B図は、A図にくらべれば、箱らしい形になっています。
C図は、線と線(稜線)が、交わっていない。
Kちゃんは、箱の形を、自分の目が捉えたままに正直に描いたのだと思います。
正直に描いた絵が、常識から少し外れた絵になっているのには、
何か訳があるのではないでしょうか?
〜〜〜絵を描くのが下手という原因とはまた別の原因が・・・。
私は、Kちゃんの視線の方向(視野)に、その原因があるのではないかと推理しました。
K ちゃんは、上から見た図形も 理解しにくい (Kちゃんの事例)
私は、Kちゃんの視覚の特徴をもっと知りたいと思い、さらにいろいろな図を描いて、
Kちゃんに見てもらいました。
すると、 もう一つの問題点が浮上しました。
Kちゃんは、右から見た立体図を認識しにくいと同じように、
上から見て描いた立体図形も、認識しにくいのでした。
たとえば、コップを机に置いた形を描いて見せると、
「・・よく分からない」と言います。
下から見たコップを描いた絵を見せると、すぐさま、
「逆さまに置いたコップ」と答えます。
「下から見て描いた立体図形は分る。しかし「上から見て描いた図形はよく分からない」
〜〜これは、Kちゃんの視覚特性を表していると考えられます。
つまり、Kちゃんの目は、
「下目線で描いた描画は理解しにくい。上目線で描いた描画は理解しやすい」
この傾向は、四角形よりも、円柱や円錐形の描画に対して顕著でした。
つまりKちゃんは、視線方向が下目線という視覚特性をもっていると思われます。
ここで〜〜、
Kちゃんの視覚には、2つの特性があることが分りました。
左右視に関する特性と、上下視に関する特性です。
私たちの周辺では「物を上から見て描いた図」は氾濫していますが、
「物を下から見て描いた図」は、あまり目にしません。
つまり、Kちゃんには2種類の視覚異常があった・・
ここで、Kちゃんの立体(3次元)認識異常には、2つの特性があることが判りました。
私たちは立体(3次元)を何気なく認識していますが、そこにはどんな仕組みがあるでしょう?
文献によれば、私たちが認識する立体の奥行きや遠近差は、左目に映る左目像と、右目に映る右目像の差を、脳がシステム処理することによって感知されている、ということです。
人間の両眼が 6cmほど離れていることにより,奥行きのある 対象を見たときに左右の網膜像にわずかな差異が生じます。
この差異が融合して,両眼で1つの像が知覚されることが,奥行知覚成立の重要な要因の一つになっています。
<Wikipedia より>
Kちゃんの立体(3次元)認識と、一般の認識には、どのような違いがあるのでしょう。
下の図は、立方体を左、正面、右から見たときの描画です。
一般的な描画(両眼視像)と、kちゃんが描いた描画とを、比較してみましょう。
作図を比較検討した結果、私は、Kちゃんのちょっと変わった描画は、Kちゃんには右視線と左視線の方向性に異常があるのではないかという感想を持ちました。
後日、私は、知的障害者施設をお訪ねし、施設内の皆さんはどんな視覚特性を持っているかを調べてみました。
知的障害をお持ちの青少年者に、直方体、円柱、円錐などの基本的な立体図形を見せ、その図形がどんな物体を現しているかを質問したのです。
すると、Kちゃんと同じ視覚特性を持つ人が、7〜8割方いらっしゃいました。
中でも、上下視に関して、
「下目線で描いた描画は理解できない。上目線で描いた描画は理解できる」
という視覚特性を持つ人の割合が多く、
この傾向は、四角形よりも、円柱や円錐形の描画に対して顕著である。
という視覚特性が印象的でした。
知的障害者が描いた絵を見ると、奥行き感や遠近感のある絵はほとんど無く、平面的でのっぺらぼうに描かれた絵であることに気がつきます。
それらの絵は、知的障害者の視覚特性を現したものあろうと、私はそのように感じます。
たった一度の調査ではありましたが、私は、知的障害と3D視覚異常との間にはかなりの相関関係があるのではないかという印象を持ちました。知的障害に携わっている方々に関心を持っていただきたい事項です。
3D認知障害は 知的障害と 相関関係があるか?
Kちゃんの描画が変わりました! 改善が見られました!!
Kちゃんの視覚異常について、私は、
「もしかして、Kちゃんの視線は斜め右上方向を向き、そのため斜め左下にある物体を認識しにくいのだろうか?」など様々な推理を巡らしました。
私は職業として「整体業=施術によって体の不調や痛みを緩和する仕事」に従事しています。Kちゃんについては ”姿勢の悪さ、肥満、腰痛、動作の鈍さ” などの症状の改善に取り組んでいました。
Kちゃんの視覚異常を知ってからは、体の改善と共に、目の改善にも取り組みました。
その結果、Kちゃんの描画に変化が現れたのです!
その時から1ヶ月半後に描いた下の描画を見てください。
5回目の施術の後、まだ不安そうな手つきで描いた描画ですが、改善前の描画と比べると、明らかな変化が見られました。
特に右側から見た立体図の描画の変化には驚きました。
改善前の描画は3つの四角形が並んだ平べったい図でしたが、改善後の描画は奥行きのある立体形に見えます。まさしく「Kちゃんの視線の方向性が変化した」ことを現す描画 だと思いました。
この絵を見て、私は、Kちゃんの目は奥行きを知覚できる3D認知の機能が作用しはじめているという感想を持ちました。
では、Kちゃんの図形に対する理解は向上しているでしょうか?
Kちゃんは、以前「意味が分からない」と言って解答ができなかった算数の図形(=右から見た直方体の図形)の問題は、下図です。
これと同じ問題を、Kちゃんに示すと、Kちゃんは、
「分かる!」
と言って、体積を計算することが出来ました。
Kちゃんは、「前と違って、立体感がわかる」と言ってました。
おそらく改善前は、上のAの図形は平べったい3つの四角形にしか見えなかったのでしょう。だから「体積を計算せよ」という意味が理解できない。
しかし改善後は、立体としてイメージできるようになり、体積の計算が出来るようになった。〜〜私はそのように解釈しました。
Kちゃんは、図形の理解力も向上していました。
改善前は立体としてイメージできない図形が沢山ありました。
しかし改善後は、ほぼ理解できるようになっていたのです!
一週間後に来室した際、私は念のため、もっと複雑な図形を描いて(下図)、Kちゃんに見せました。Kちゃんは、
「座椅子、跳び箱、家が2つ建っている・・」などと言い、右上から見た図形や遠近感のある図形が認識できることを確認しました。
ただし、とても不思議なのは、
コップを描いた図については「よく分からない・・」と不安げに言うのです。
〜〜〜何故だろう・・?
Kちゃんの事例を踏まえて、私は、3次元の理解や幾何学の理解は、思考とか知能の問題より以前に、視覚の問題が横たわっていることに気づかされました。
そして、うれしかったのは、Kちゃんの次の一言でした。
改善前、Kちゃんは
「皆が中学生の図形を描くとき、私は小学1年生の図形しか描けない」
と嘆いてました。しかし、改善後は、
「皆んなと同じような図が描ける」と言うのです。
たった1ヶ月半しか経っていないのに、描画が変わるなんて!!
私は驚きながらも、この変化は、視覚と知能の相互関係を鮮やかに物語っていると思い、印象を深くしました。
3次元の認知障害があると、「数学の図形の問題が苦手」というだけでなく、建造物やインテリアや物体の理解や設計も難しいでしょう。地図や地形の理解、空間の広がりや宇宙の広がりの理解(イメージ)も難しいでしょう。
3次元の認知障害が、知的障害にも関わっていることを、世の人々はどれだけ知っているでしょう。
K ちゃんの3D認知異常。改善 のポイントはどこにあったか?
では、Kちゃんの視覚の異常の原因はどこにあり、視覚の改善は何によってもたらされたか?〜〜〜それは私の最も大きな関心事です。
視覚改善のポイントは?
過去の話をさせていただきますが、
私は平成元年に、体の運動システムに関して、未発見(未解明)のシステムがあることに気づかされました。
それらの自動システムの中には「目を動かすと、目の方向性にそって、自然に自動的に体が動き出す」という[視覚⇄運動 の自動運動システム] があり、そのシステムは私たちの体内で常に働いていることにも気づきました。
この視覚 ⇄ 運動の自動システムには、
目が動く→ 視線や視野が変わる→ 体が動く(骨格・筋肉)
体が動く(骨格・筋肉) → 視線や視野が変わる→目が動く
という模式の存在が考えられました。
詳しくは→→
視覚と運動の自動運動システムの発見が土台になり、
「骨格や筋肉や動眼筋を是正することによって Kちゃんの視覚の方向性異常が改善するかもしれない」という期待を私は抱きました。
私は「体の痛みや不調を、施術(主に手技)によって改善する」ことを目的とした仕事をしていますが、Kちゃんには骨格的にも筋肉バランス的にも多くの問題があって、それを是正する施術をそれまで行っていました。
Kちゃんの視覚異常を知ってからは、「目の動きに関連する筋肉、筋膜、その他の組織を改善することで、視覚が改善するかもしれない」という淡い期待のもとに、視線の方向性の改善も施術のターゲットとなりました。
Kちゃんの視覚異常に気づいた3月16日(1996年)から、視覚改善の効果が認められた4月27日(1996年)まで、合計5回の施術。
合計5回の施術の結果、
淡い期待で行った施術の結果が、現実のものとなったことが確認されました。
Kちゃんの視覚異常に気づいた日から、改善の日までの経緯は次の通りです。
__________施術の流れ____________________
1996年 3/16
この日、Kちゃんが「数学の体積の問題が解けない」ことを知った。
いろいろな図形を描いて、Kちゃんの視覚異常を確認した後、施術。
施術は主に、頭蓋骨の歪みに対する左右対称性の導入と是正。
3/22
さらにいろいろな図形を描いて、Kちゃんの視覚の特性や異常を確認する。
施術のターゲットは、顔の正中線の歪みの是正。特に鼻根点部(額骨と鼻骨の接点部。右目と左目の間)の歪みの是正。
4/5
Kちゃんに図形を見せると、理解度が上がっていることが分かった。
この日の施術は、Kちゃんの上向きの顔(顎)の角度の是正。
顔の角度の是正は、首〜肩〜腕〜肋骨〜背骨〜骨盤〜足〜足首、と全身性の角度の是正に及び、血流やリンパとの関連もあり、単純な施術ではない。
4/27
この日は、Kちゃんの図形の理解度の確認作業に多くの時間を使った。
立体図形の理解度の向上を確認することができた(上の図を参照)。
Kちゃんから「図形の描画も皆と同じになった」ことを聞いて、驚く。
5/11
この日は、視覚に関する施術から離れ、全身性のバランスの問題に取り組む時間を多くとった。
______________
当初は、視線の方向が変位している原因は、主に動眼筋にあると考え、動眼筋の改善によって視線の改善が図れるかもしれないと考えていました。
しかしアプローチの過程で、動眼筋の変位は眼窩骨の変形と密接な関係にあり、眼窩骨の変形は頭蓋骨全体の変形や、首の角度とも関連し、結局のところ全身的な骨格と無縁ではないという現実がありました。
骨格(体質)全体を改善することは理想ですが、不可能なので、私は、Kちゃんの目の動きを固定し制限している主な筋骨格の歪みを是正し、Kちゃんの目がより自由に動くようにする施術を心掛けました。
1996年の Kちゃんの事例については、ここで終わりますが、その後、Kちゃんは結婚し、2歳の女の子のお母さんになっています。
私は Kちゃんの事例から、
「視覚異常と知的障害には、直接的な因果関係があるのではないか?」という課題が、頭に残りました。
また、筋骨格系の施術(=肉体的改善)によって、視覚異常(両眼視)が改善し、それに伴い3次元の知的認識が向上したことについても 注目せざるを得ませんでした。
私はこの後、視覚と歩行の関係、斜視の問題、視覚と知能の問題・・など、多くの事例に出会い、少しづつ理解を深めてきました。また、肉体的改善が知的改善につながる事例も、数多く観察しました。
視覚に関してはこの後、ピンホールテストという両眼視のテストを開発し、このテストによって、両眼視が出来ない「 Eタイプ」という特殊な視覚異常があることにも気づきました。
Kちゃんの両眼視は、おそらくは B,Cタイプ と Eタイプの中間にあったと考えられます。
知的障害者には、ピンホールテストをすると Eタイプに該当する人が数多く見られます。
Kちゃんの事例に続いて、翌年には、Mちゃんの事例 がありました。
Mちゃんには、じっとしていられない「多動症」や「奇声を発する」などの症状があり、改善の施術を行っていました。
ある時、Mちゃんの視覚異常を発見し、視覚を是正した結果、Mちゃんは数学や文字の書き方、ピアノの弾き方が改善しただけでなく、お片付けや整理整頓も改善したのです。
興味のある方は、私の当時のブログをご訪問下さい。
私は、Kちゃん、Mちゃんその他の事例から、
「もしEタイプの人の視覚異常を是正することが出来れば、知的障害もある程度、改善するのではないだろうか」
という期待感を持っています。
(もちろん、知的改善も肉体的改善も簡単なことではありません)
Kちゃん事例 : おわりに・・「筋骨格系の改善 と 知的改善」